度肝を抜かれた、という言い回しを使うならば、この時ほどそれが的確である瞬間は、これからの人生でまたあるかどうか。それほど衝撃的な旗揚げ戦でした。
長与千種、KAORU,ボンバー来島、いや光。このあたりのベテラン選手がそれなりの試合を見せているのはわかるのですが、この旗揚げ戦がデビューとなる新人選手たちの技術の高さ、そして気迫。一気に引き込まれる自分にとまどいながらも、小生、時間の経つのを忘れて画面の向こうの選手たちを応援していました。
今までの女子プロと何が違ったのか、と言われれば、おそらく一番いあがるのがそのプロレスに対する思想でしょう。この時期、またその後にも数多くの団体が現れ消えていくのですが、そのほとんどが強面の悪役レスラーに対する、アイドルレスラーという姿勢であったのに対して、ガイアのプロレスは、まさにプロレスでした。簡単に言ってしまうと、全日本プロレスの試合が女子選手によって行われている、とでも言えばいいのでしょうか。ゆっくりとした組み立てから確固たる技術に根ざした受けのプロレスでございました。
それは衝撃でしたよ。それまでの女子プロ、と言えば、髪の毛をつかんでの取っ組み合い、いわゆるキャットファイトみたいなので、極め技も見栄えがいいけど説得力に欠けるものが多かった。その点、ガイアのプロレスは本当の意味でプロのレスリングでした。
当時から賛否両論ありました。女子が男子的なプロレスをしてどうする、的な。ですが、それまで男子のプロレスばかり楽しんできた小生にとって、ガイアのプロレスは女子プロレス入門用にまさにうってつけでした。
こうした脅威の新人と呼ばれた一期生を始めに、数多くのフリーランス選手たちが作り出す夢の対決が売りだったこの団体も、その内パンクラスルールっぽい試合をしたり(打撃関節のみでフォールなし)、10分で決着をつけるハイスパートルール、など、色々と飽きさせません。一時期、団体抗争、またはチーム抗争の様なありきたりの展開に落ちそうなところを、長与選手の一声でもう一度、個人と個人の勝負に立ち返ってみたり、切り替えの上手な団体でした。
ま、そんなガイアジャパンもその切り替えのよさがたたって2005年に解散するのですが、それがまた気持ちのいい程にきれいな終わり方でした。
よくスポーツ選手の引退には色々な形がございますな。最後まで現役にこだわってずるずると、そして気づいたらいなくなっている選手。怪我のせいでやむなく引退。衰えを感じつつ有終の美を飾り、スッパリやめる選手。そして、キャリアの最高潮で惜しまれながら辞める選手。
当時は女子プロレス戦国時代を迎えておりまして、全女という一大帝国が消滅したあとはそのOG達が各地で新団体を旗揚げ、新しい覇権を競っておりました。ですが、現実は厳しいかな。そのほとんどが1,2年ほどで消え去っていくのです。その点、おそらくガイアは衰えを見せながら、惜しまれつつ辞める事ができた稀有な団体なのです。
このあたりはほかのサイトやプロレス誌に書きつくされたことですから、詳しいことは割愛しましょう。次回からはこのガイアに所属した選手の個人的な感想と意見を、本当に書きたかったことを書いていきます。
2013年3月21日木曜日
2013年3月18日月曜日
エスパルス、またもや勝利ならず!
まあ、海外からの発信となっていますので、我がエスパルス以外のチームの内情には非常に疎いわけなのですが、それにしても、湘南の選手、誰だ!?一人として名前と顔が一致しない!坂本君はどうした?
その昔はベルマーレ平塚と呼ばれていた頃もあって、あの中田英寿、実はベストイレブン名塚善寛、鹿島のイメージが強い日本代表右サイドバックの奈良橋晃、その代表で10番を背負った、左サイドバックでありながら得点王になる、と豪語した岩本輝雄。いぶし銀の田坂和昭、むちゃくちゃ点を決めていたのになぜか代表に縁のなかった野口幸司、日本代表の面白いおっちゃん、名控えGK小島伸幸、日本に帰化したロペス・ワグネル、韓国代表の伝説的DF洪明甫、などと、さすが元名門のフジタを母体とするだけはある、そうそうたる面子がそろってました。
その後、フジタが経営不振からメインスポンサーをおりると転がる転がる。あっという間に転がり落ちて、今では当時の見る影もないJ2の中堅どころに落ち着いてしまいました。もう十年以上たちますが、未だに純粋なクラブとしての経営は落ち着かないようで。好選手は皆、すぐさま他チームに引き抜かれ、失礼ですが、J2B選抜、もしくはJ1出場機会のない若手のサテライトチームのような飛車角落ちのメンバー模様。ほんと、聞いたことのない選手ばかりだ。ちなみにハイプレッシャーからの全員攻撃、全員守備が持ち味だそう。努力と根性で何とかするぞ!
さて、そんなチームとの対戦、ということで、ゴトビ監督はバレーと瀬沼のツインタワーでパワープレイに出ました。清水のカラーから言うと、サイドを使いながらボールをまわして、押し込んでからのクロス、という形が多いのですが、この日はもうDFラインからロングボール。これには湘南も面食らったようで、結構いいペースだったようです。この辺はゴトビ監督の策士たるや、面目躍如。
ま、そんな訳で、1-1の引き分けでした。なにも言うことありません。タイトルを狙うのであれば横綱相撲で勝って当然の相手だと思いますし、かといって、新しいシステムや選手を試したわけでもない。勝ちに行って策を弄した挙句に引き分けなんで、ねぇ?
機会があればフロントの方にお聞きしたい。5年後のエスパルスはどうなっていますか?今いる選手を育てて本気で優勝争いのできるチームにするんですか?それとも今までのように、給料の高くなった選手は放出して、育った選手は引き抜かれ、この湘南のようなチームのように細々と暮らしていくのでしょうか?もしそうなら、J2に降格した際のプランを早い内に検討されることを願います。
なーんちって
その昔はベルマーレ平塚と呼ばれていた頃もあって、あの中田英寿、実はベストイレブン名塚善寛、鹿島のイメージが強い日本代表右サイドバックの奈良橋晃、その代表で10番を背負った、左サイドバックでありながら得点王になる、と豪語した岩本輝雄。いぶし銀の田坂和昭、むちゃくちゃ点を決めていたのになぜか代表に縁のなかった野口幸司、日本代表の面白いおっちゃん、名控えGK小島伸幸、日本に帰化したロペス・ワグネル、韓国代表の伝説的DF洪明甫、などと、さすが元名門のフジタを母体とするだけはある、そうそうたる面子がそろってました。
その後、フジタが経営不振からメインスポンサーをおりると転がる転がる。あっという間に転がり落ちて、今では当時の見る影もないJ2の中堅どころに落ち着いてしまいました。もう十年以上たちますが、未だに純粋なクラブとしての経営は落ち着かないようで。好選手は皆、すぐさま他チームに引き抜かれ、失礼ですが、J2B選抜、もしくはJ1出場機会のない若手のサテライトチームのような飛車角落ちのメンバー模様。ほんと、聞いたことのない選手ばかりだ。ちなみにハイプレッシャーからの全員攻撃、全員守備が持ち味だそう。努力と根性で何とかするぞ!
さて、そんなチームとの対戦、ということで、ゴトビ監督はバレーと瀬沼のツインタワーでパワープレイに出ました。清水のカラーから言うと、サイドを使いながらボールをまわして、押し込んでからのクロス、という形が多いのですが、この日はもうDFラインからロングボール。これには湘南も面食らったようで、結構いいペースだったようです。この辺はゴトビ監督の策士たるや、面目躍如。
ま、そんな訳で、1-1の引き分けでした。なにも言うことありません。タイトルを狙うのであれば横綱相撲で勝って当然の相手だと思いますし、かといって、新しいシステムや選手を試したわけでもない。勝ちに行って策を弄した挙句に引き分けなんで、ねぇ?
機会があればフロントの方にお聞きしたい。5年後のエスパルスはどうなっていますか?今いる選手を育てて本気で優勝争いのできるチームにするんですか?それとも今までのように、給料の高くなった選手は放出して、育った選手は引き抜かれ、この湘南のようなチームのように細々と暮らしていくのでしょうか?もしそうなら、J2に降格した際のプランを早い内に検討されることを願います。
なーんちって
女子プロレスとガイアジャパン(GAEA JAPAN)の残影 その2
小生にとっての女子プロレスとは、青と赤の水着を着た女の子たちが世にも恐ろしい女性軍に血みどろのボコボコにされる。幼き頃に垣間見た、まあ、俗に言うところのクラッシュギャルズのイメージが強かったのです。やっている本人達には失礼ですが、それはひどかった。興行、というよりは、見世物ですな。
世間の人気はすごかった、と言う記憶があります。調度小生の姉の年代くらいにはもう大ブーム。ベビーフェイスとヒール、というわかりやすい構図に戦うお姉さま。若い女性の間では人気が爆発して、レコードまで出していましたから、もう最高でしょう。
ですが、小生の幼き心には響かなかった。幼過ぎたたのかもしれませんが、むしろ新日本プロレスでプロレスをかじり、全日本プロレスでやっとその醍醐味を知った小生でありましたから、プロレス心ついた頃の女子プロレスと言えば、キューティー鈴木、という選手がそのアイドル顔負けのルックスで多少露出される、もしくはミスター女子プロなどという珍妙なあだ名を持つ、神取忍だけで、どちらかと言えば斜陽の時期を迎えていたのです。
ま、そんなせいもありまして、女子プロレス、といえば、良くも悪くもどうにもマニア向け、という先入観があったんですな。そこにあらわれたのが、そのG-PANICという番組.
本当にたまたまだったのですが、くしくもその番組は新しくできた女子プロレス団体の旗揚げ戦の模様をお送りすると言う、との事。
何気なしにポテトチップスを片手に画面を眺めていたところ、あれ、この人どっかで見たことあるぞ、と。それもそのはず、その団体を立ち上げた人物こそ、あのクラッシュギャルズで一世を風靡した長与千種その人でありました。聞くとこころによると、この団体に所属するほとんどの選手はその長与さんが育てたらしい。
へえ、そうなんだ、この人も長いよなぁ、などと、長与選手が一度引退したことなどもその当時は全く知りませんでしたので、小生、むしろ、まぁ一丁見てやるか、などと妙に上から目線であったのを覚えています。
続く
世間の人気はすごかった、と言う記憶があります。調度小生の姉の年代くらいにはもう大ブーム。ベビーフェイスとヒール、というわかりやすい構図に戦うお姉さま。若い女性の間では人気が爆発して、レコードまで出していましたから、もう最高でしょう。
ですが、小生の幼き心には響かなかった。幼過ぎたたのかもしれませんが、むしろ新日本プロレスでプロレスをかじり、全日本プロレスでやっとその醍醐味を知った小生でありましたから、プロレス心ついた頃の女子プロレスと言えば、キューティー鈴木、という選手がそのアイドル顔負けのルックスで多少露出される、もしくはミスター女子プロなどという珍妙なあだ名を持つ、神取忍だけで、どちらかと言えば斜陽の時期を迎えていたのです。
ま、そんなせいもありまして、女子プロレス、といえば、良くも悪くもどうにもマニア向け、という先入観があったんですな。そこにあらわれたのが、そのG-PANICという番組.
本当にたまたまだったのですが、くしくもその番組は新しくできた女子プロレス団体の旗揚げ戦の模様をお送りすると言う、との事。
何気なしにポテトチップスを片手に画面を眺めていたところ、あれ、この人どっかで見たことあるぞ、と。それもそのはず、その団体を立ち上げた人物こそ、あのクラッシュギャルズで一世を風靡した長与千種その人でありました。聞くとこころによると、この団体に所属するほとんどの選手はその長与さんが育てたらしい。
へえ、そうなんだ、この人も長いよなぁ、などと、長与選手が一度引退したことなどもその当時は全く知りませんでしたので、小生、むしろ、まぁ一丁見てやるか、などと妙に上から目線であったのを覚えています。
続く
2013年3月17日日曜日
女子プロレスとガイアジャパン(GAEA JAPAN)の残影 その1
いやー、昨日は仕事帰りに変なことを思いついてしまったものです。大層なテーマで投稿してしまいましたが、30分くらいの妄想の産物ですので、皆さんあまり本気にしないでください。
アヤックスに似ている、と言ってピンとくる人はどれくらいいるのだろう?いや、それよりも表題にある「GAEA JAPAN」とはなんぞや、と。
小生、大学時代は地元を離れ、山の奥地で暮らしておりました。民放は2チャンネルしかない様な僻地でございますゆえ、ケーブルテレビがかなりの割合で各家庭に普及しており、小生、もっぱらESPNなどの衛星放送をケーブルテレビ経由で視聴する毎日。大学に参るのは小生の気に入った講義がある日のみで、それ以外はギターの弾き語り、もしくは海外サッカーの視聴に明け暮れておりました。
その当時はイタリアのセリエAが最高峰のリーグとされ、その視聴はWOWOWなどの有料衛星放送に限られており、このケーブルテレビで視聴できる海外サッカーといえば、もっぱらオランダリーグのみ。なぜこんなマイナーリーグを見ねばならんのか、などと憤ったものですが、これが意外と面白い。
倉敷保雄さんという、今でこそ日本におけるサッカー実況界の第一人者と言われる方がおられるのですが、このESPNのサッカー放送の実況を担当されていて、その落ち着いた語り口に聞きほれたものです。
さあ、一試合終わって一息つくと、次の番組が始まる。たいがいの場合、オランダリーグのあとはNFLの試合中継が始まるので、アメフトに全く興味のなった小生、チャンネルGAORAに変える。このGAORAと呼ばれるチャンネル、主にスポーツ関係の試合やニュースを放送する中、どういうわけか吉本新喜劇を流すんですな。恥ずかしながら小生、新喜劇が生み出すお約束の笑いにはまってしまいまして、毎日欠かさず見ておりました。そんなある日、ある番組が目に留まりました。
”GーPANIC”
と申します。
続く
2013年3月16日土曜日
地球温暖化の真実とは? メタンハイドレートは日本を救う?
いやー、昨日は庭の掃除をあえて昔話風に語ってみる、などという新しい試みにチャレンジしました(こちらを参照のこと)。変に凝ろうとすると訳がわからなくなる、ということでわかっただけでもよし、としましょう。
実はあの投稿には、日の目を見なかったオチ、というのがありまして、最後には、
と、髪の毛を徐々に坊主頭にするはずだったんですが、それはやめて、と奥さんに止められてしまいました。
さて、と言うわけで地球温暖化現象です。
ま、それがどういう現象であって、我々にどのような影響を与えるのか、ほとんどの方がご存知でしょうから、それは割愛いたします。知らない方、もしくはもう一度復習したい方はWikiでどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96
さて、結論から申し上げます。地球温暖化現象とは、人類史上最高のペテンです。おそらくは一時期、世界を揺るがした伝染病パンデミックと並ぶくらいの大嘘です。
私は科学者ではないので気温がどうだ、、二酸化炭素がどうだ、などどデータは出せませんし、出す意味がない、と思っています。
なぜなら、今まで世界中が叫んできた地球温暖化問題は、その本質が全く別のところにあるからです。
それでは、振り返ってみましょう。そもそも地球温暖化現象が叫ばれ始めたのは90年代前半。その当時は化石燃料の枯渇が人類の深刻な問題として現実的なものとなってきました。それ自体は70年代からとりだたされていたのですが、各国、世界中を堀り歩いてみた結果、どうやら、本当らしい、と気がつき始めたのがこの頃。なにせ、人類の原油消費量が生産量を上回ってしまっていたのですから、さあ大変。しかも、湾岸戦争によってその安定供給にも疑問がもたれていました。
同じ頃、世界各国で原子力発電が始まっていたのですが、それに欠かせないウラン、これも残り100年分くらいしかないことがわかってしまうのです。
そんな中、新たに人類が直面しなくてはならない問題、地球温暖化現象とそれに伴う数々の災厄。これらは瞬く間に世界中を駆け巡り、国家間を超えた協力体制を築き上げ、京都議定書なるものまで作られました。
はい、ここまではよろしい。まあ、言いだしっぺのアメリカが実は二酸化炭素の最大の排出国でありながらその後大した努力も見られなかったり、排出権の購入とか、胡散臭い詐欺まがいの行為を日本がさせらるはめになったり、色々と疑問はあったのですが、人類が一丸となって行く様は見ていて気持ちのいいものでした。
ところが、です。2005年、京都議定書の執行では課題であった数値目標の達成有無があやふやになり、そして2007年のバリ会議に至っては今後の数値目標を設定しない、など、一気にトーンダウンしていくのです。地球温暖化は全く解決の糸口すらみいだせていないのに、ですよ!
同じ頃ですね、いわゆるBRICsと呼ばれる新興国の躍進がありました。彼らはかつての日本と同じように急激な発展を遂げて、新しい産業によりどんどん豊かになっていったのですが、もちろん、そこはかつての日本と同じ、環境を犠牲にしていた側面があったのです。ブラジルとロシアははジャングルを切り倒し資源を掘り、中国、インドは化石燃料を効率悪く浪費するなど。それに対して、世界はどう反応したのか?非難の嵐であったのか?違うんです。むしろ積極的に投資しているんです。もっとやれ、と。
これは非常におかしな話で、いくら自分さえ儲かればそれでいい、なんて思っている多数の投資家やファンドでも、世界大破壊を促進するような行為を各国が黙ってみているはずがない。いや、見ててはいけないのですが、どうやら各国むしろ積極的に推進しているらしい。あれ、これはおかしいぞ、と思ったわけです。
では、この頃、何が起こっていたのか、と、いうことなんですが、ここで注目したいのがアメリカ。この国で革命が起こります。はい、今までは皆さんご存知、シェールガス革命。
アメリカでこのシェールガスの安価生成法が確立されたのが2007年です。それ以降、地球温暖化がほとんどとりだたされなくなりました。いったいどういうことでしょうか?
このシェールガス、その存在が噂されるようになったのも、実は90年代。ですが、その研究と採掘は中々進みませんでした。なぜなら、誰もわざわざやりたがらなかったからです。ところがどっこい、地球温暖化が問題化すると、あっという間。
つまり、地球温暖化現象とは、危機を煽って新産業、新エネルギーへの転換を図るための隠れ蓑だったのです。
1970年代から20数年、化石燃料の枯渇がずっと叫ばれていたにもかかわらず、その対応は遅々として進みませんでした。それが地球温暖化が叫ばれるようになってからは再生可能エネルギー、もしくは新エネルギーに対する投資は数十倍に跳ね上がり、わずか十年足らずでその実を結ぶことになります。
日本でもメタンハイドレートの採掘に成功し、数年後には安価安定供給が噂されています。他国の横槍が入らない限り、おそらく日本はその技術を確立し、一躍資源立国となるでしょう。
さて、ここで質問です。
シェールガス、メタンハイドレート、ともにその本質はメタンガスです。とある学者さんの研究報告によると、メタンガスの地球温暖化に対する温室効果は天然ガスの数十倍であるそうで。これらの採掘は世界を急速に温暖化への道へ押し進めるでしょう。近い内に生態系は破壊され、大陸の8分の1が海の底に没します。
実はあの投稿には、日の目を見なかったオチ、というのがありまして、最後には、
あれー、余計なことまで刈ってしまった!
と、髪の毛を徐々に坊主頭にするはずだったんですが、それはやめて、と奥さんに止められてしまいました。
さて、と言うわけで地球温暖化現象です。
ま、それがどういう現象であって、我々にどのような影響を与えるのか、ほとんどの方がご存知でしょうから、それは割愛いたします。知らない方、もしくはもう一度復習したい方はWikiでどうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96
さて、結論から申し上げます。地球温暖化現象とは、人類史上最高のペテンです。おそらくは一時期、世界を揺るがした伝染病パンデミックと並ぶくらいの大嘘です。
私は科学者ではないので気温がどうだ、、二酸化炭素がどうだ、などどデータは出せませんし、出す意味がない、と思っています。
なぜなら、今まで世界中が叫んできた地球温暖化問題は、その本質が全く別のところにあるからです。
それでは、振り返ってみましょう。そもそも地球温暖化現象が叫ばれ始めたのは90年代前半。その当時は化石燃料の枯渇が人類の深刻な問題として現実的なものとなってきました。それ自体は70年代からとりだたされていたのですが、各国、世界中を堀り歩いてみた結果、どうやら、本当らしい、と気がつき始めたのがこの頃。なにせ、人類の原油消費量が生産量を上回ってしまっていたのですから、さあ大変。しかも、湾岸戦争によってその安定供給にも疑問がもたれていました。
同じ頃、世界各国で原子力発電が始まっていたのですが、それに欠かせないウラン、これも残り100年分くらいしかないことがわかってしまうのです。
そんな中、新たに人類が直面しなくてはならない問題、地球温暖化現象とそれに伴う数々の災厄。これらは瞬く間に世界中を駆け巡り、国家間を超えた協力体制を築き上げ、京都議定書なるものまで作られました。
はい、ここまではよろしい。まあ、言いだしっぺのアメリカが実は二酸化炭素の最大の排出国でありながらその後大した努力も見られなかったり、排出権の購入とか、胡散臭い詐欺まがいの行為を日本がさせらるはめになったり、色々と疑問はあったのですが、人類が一丸となって行く様は見ていて気持ちのいいものでした。
ところが、です。2005年、京都議定書の執行では課題であった数値目標の達成有無があやふやになり、そして2007年のバリ会議に至っては今後の数値目標を設定しない、など、一気にトーンダウンしていくのです。地球温暖化は全く解決の糸口すらみいだせていないのに、ですよ!
同じ頃ですね、いわゆるBRICsと呼ばれる新興国の躍進がありました。彼らはかつての日本と同じように急激な発展を遂げて、新しい産業によりどんどん豊かになっていったのですが、もちろん、そこはかつての日本と同じ、環境を犠牲にしていた側面があったのです。ブラジルとロシアははジャングルを切り倒し資源を掘り、中国、インドは化石燃料を効率悪く浪費するなど。それに対して、世界はどう反応したのか?非難の嵐であったのか?違うんです。むしろ積極的に投資しているんです。もっとやれ、と。
これは非常におかしな話で、いくら自分さえ儲かればそれでいい、なんて思っている多数の投資家やファンドでも、世界大破壊を促進するような行為を各国が黙ってみているはずがない。いや、見ててはいけないのですが、どうやら各国むしろ積極的に推進しているらしい。あれ、これはおかしいぞ、と思ったわけです。
では、この頃、何が起こっていたのか、と、いうことなんですが、ここで注目したいのがアメリカ。この国で革命が起こります。はい、今までは皆さんご存知、シェールガス革命。
このシェールガス、その存在が噂されるようになったのも、実は90年代。ですが、その研究と採掘は中々進みませんでした。なぜなら、誰もわざわざやりたがらなかったからです。ところがどっこい、地球温暖化が問題化すると、あっという間。
つまり、地球温暖化現象とは、危機を煽って新産業、新エネルギーへの転換を図るための隠れ蓑だったのです。
1970年代から20数年、化石燃料の枯渇がずっと叫ばれていたにもかかわらず、その対応は遅々として進みませんでした。それが地球温暖化が叫ばれるようになってからは再生可能エネルギー、もしくは新エネルギーに対する投資は数十倍に跳ね上がり、わずか十年足らずでその実を結ぶことになります。
日本でもメタンハイドレートの採掘に成功し、数年後には安価安定供給が噂されています。他国の横槍が入らない限り、おそらく日本はその技術を確立し、一躍資源立国となるでしょう。
さて、ここで質問です。
シェールガス、メタンハイドレート、ともにその本質はメタンガスです。とある学者さんの研究報告によると、メタンガスの地球温暖化に対する温室効果は天然ガスの数十倍であるそうで。これらの採掘は世界を急速に温暖化への道へ押し進めるでしょう。近い内に生態系は破壊され、大陸の8分の1が海の底に没します。
さあ、あなたはそれでもこの2大新エネルギーを歓迎しますか?
2013年3月15日金曜日
熱帯地方に住むことの現実 芝刈り編
むかーし、昔ある所に、お父さんとお母さんがおりました。
ある日、お父さんは庭へ芝刈りに、お母さんは家でゴロゴロしていたそうな。
お父さんが庭に到着してみると、あらびっくり。芝生は生え放題。見るも無残な姿と成り果てておった。
お父さんはどうにも困って、身をかがめて芝生を眺めておると、どこからともなく
ギーガラガラ、ギーガラガラ
と音がしてきよった。
お父さんがふと見上げてみると、そこには珠のように可愛らしいオジートがおったそうな。
オジートはお父さんにこう言った。
「僕はガソリンや電気モーターで動くわけじゃないけど、お父さんのお家の小さな庭ぐらいならきれいにしてみせるよ!」
お父さんはたいそう喜んで、オジートを迎え入れたそうな。
お父さんがオジートと戯れていると、お母さんもそもそと出てきよった。
「あら、楽しそうじゃない。私にもやらせてよ」
オジートは止まってしまいました。
「僕、もうお腹一杯だよ。もう動けないよ」
お父さんがオジートのお腹をきれいにしてあげたところ、オジートは喜んでまた活き活きと働きました。
小1時間もすると、この通り。
お父さんのお庭の芝生はきれいに刈りそろいました。
お父さんはたいそう感心して、前庭も刈ってしまおう、と思ったそうな。
オジートの通った後には道ができました。
その日は天気もよく、気温は30度を超えるほど。
お父さんは見る見るうちにあせだくに。
お父さんとオシートのがんばりで前庭もすっかりきれいになったそうな。

そんなお父さんとオジートを祝福するかのように、大輪の花が咲き誇ったそうな。
めでたし、めでたし
2013年3月10日日曜日
エスパルス、ホーム開幕戦で大敗。もう、市場に行くしかないっしょ!
いやー、やぁっちまったなぁ!何もかもうまくいかない時、っていうのはシーズンに何回かはあるものですが、それがよりにもよってホーム開幕戦に出てしまうとは!
Sの極みより、試合レポート http://www.s-kyoku.com/GetContentsDetail?report_ID=3703
そしてハイライト映像
これは言い訳のしようがない。完敗です。マリノスファンは楽しかっただろうなぁ。次は同じ歓喜を味合わせてもらいたいものです。
そして、ジュビロの前田君。さっさとリーグシーズン初ゴールを決めてください。おねがいだから第6節までとっておかないでね・・・
ともあれ!今朝方、ケアンズ名物、ラスティーズ朝市に行ってまいりました!
この市場は週末の金、土、日しか開いていない朝市でありまして、近隣の町、主にマリーバ、アサートンなどの内陸部、高原地帯にある町から採れたての野菜や果物が運ばれてきます。
ま、置いてあるのはスーパーで買い取りされなかった2級品ばかりなので多少見かけが悪いのですが、味は抜群、ジモティに大人気のスポットなり!
などなど、どれをとっても1ー2ドル(80円ー200円)。安い!
こういう生鮮ものばかりでなく、地元で取れたコーヒー豆を挽いてくれるコーヒー屋さんや骨董品を扱う怪しげな店、自家製パン屋、古本屋さん、そしてなぜかタイの民族衣装を売っていたり(その理由はおいおい別に説明します)、観光客の方でも十分楽しめるようになっています。残念ながら、ケアンズに観光にこられる方はツアーをぎっちりきちきち予約する傾向にあり、こういった小さなアトラクションを楽しむ暇がないようですな。皆さんも海外旅行に行くときは1日か2日、自由時間を作るべし。っていうか、もっとケアンズに遊びに来い!いえ、来て下さい・・・
Sの極みより、試合レポート http://www.s-kyoku.com/GetContentsDetail?report_ID=3703
そしてハイライト映像
これは言い訳のしようがない。完敗です。マリノスファンは楽しかっただろうなぁ。次は同じ歓喜を味合わせてもらいたいものです。
そして、ジュビロの前田君。さっさとリーグシーズン初ゴールを決めてください。おねがいだから第6節までとっておかないでね・・・
ともあれ!今朝方、ケアンズ名物、ラスティーズ朝市に行ってまいりました!
この市場は週末の金、土、日しか開いていない朝市でありまして、近隣の町、主にマリーバ、アサートンなどの内陸部、高原地帯にある町から採れたての野菜や果物が運ばれてきます。
ま、置いてあるのはスーパーで買い取りされなかった2級品ばかりなので多少見かけが悪いのですが、味は抜群、ジモティに大人気のスポットなり!
さあ、ご覧あれ、この山盛りアボカド!アボガド?細かいことは気にスンナ!
こちらのおっさんは椰子の実を割っております。とれたて新鮮ココナッツジュースですな。
ココナッツクラーッシュ
自重で押しつぶされないか?
写真で見ると、なんここう、イボイボが、ブツブツが・・・
んー、おいしそう!
ご存知、ケアンズ名物マンゴー。なんと1㌔150円なり。もってけドロボー!
やっぱり、これで殴られたら痛いよね・・・?
などなど、どれをとっても1ー2ドル(80円ー200円)。安い!
こういう生鮮ものばかりでなく、地元で取れたコーヒー豆を挽いてくれるコーヒー屋さんや骨董品を扱う怪しげな店、自家製パン屋、古本屋さん、そしてなぜかタイの民族衣装を売っていたり(その理由はおいおい別に説明します)、観光客の方でも十分楽しめるようになっています。残念ながら、ケアンズに観光にこられる方はツアーをぎっちりきちきち予約する傾向にあり、こういった小さなアトラクションを楽しむ暇がないようですな。皆さんも海外旅行に行くときは1日か2日、自由時間を作るべし。っていうか、もっとケアンズに遊びに来い!いえ、来て下さい・・・
登録:
投稿 (Atom)






















